永井荷風はエレファントカシマシのボーカル、宮本浩次さんがお好きな『墨東奇譚』(ぼくとうきたん)の著者です。
今回は永井荷風(ながいかふう)の初期の作品『あめりか物語』をご紹介します。
谷崎潤一郎も影響を受けた作品です。
『あめりか物語』の基本情報
著者 | 永井荷風(ながいかふう) |
初出 | 1908(明治41)年 |
ジャンル | 純文学(短編集) |
ページ数 | 292頁(講談社kindle版) |
荷風29歳の時に発表されています。
『あめりか物語』の執筆経緯と簡単なあらすじ
『あめりか物語』の執筆経緯
永井荷風は24~28歳の4年間、アメリカに滞在していました。
父の意向もあり、アメリカで実業について学ぶというのが建前。
荷風はフランスに行きたかったのですが……
アメリカではカラマズーやタコマなど転々としながらちゃっかりフランス語を学び、一応ワシントンD.C.の日本公使館で働いてみたり。
『あめりか物語』は父の配慮で横浜正金銀行ニューヨーク支店にお勤めの頃執筆したものです。
ちなみに荷風父はアメリカ留学の経験があり、ヨーロッパを視察したり大学で教えたり日本郵政上海支店長になったりと超超エリートパパです。
『あめりか物語』を書いた後、父のコネを使って結局憧れの地フランスにも行っちゃいます。
フランス外遊の時に書かれたのが『ふらんす物語』です。
↑は紙の書籍版です。
『あめりか物語』の簡単なあらすじ
船室夜話
横浜からアメリカのシアトル港へ向かう船旅の途中。
「私」「柳田君」「岸本君」が酒を飲みつつ、それぞれの旅の目的・抱負を語りあう作品。
当時の日本人富裕層の考え方・価値観を窺うことができて興味深いです。
個人的には愛妻家の岸本君が好きです←
野路のかえり
タコマ滞在中の話。風景の描写が美しいです。
しかし内容は癪狂院(精神科の病院)に入院している、ある日本人についての顛末。
岡の上
イリノイにあるミッション系の大学時代の話。
「私」は大学で働いている渡野君と知り合うのですが……
酔美人
1904年の夏、セントルイス。
Sくんと一緒に博覧会を見て回る「私」。モンテローという男の恋愛について
長髪
ニューヨーク。藤ヶ崎国雄という資産家の息子の話。
コロンビア大学で勉強していた藤ヶ崎はとある婦人と出会い変わっていく。
春と秋
ミシガンの田舎にある大学にて。
山田太郎(神学生)、竹里菊枝(神学生)、大山俊哉(政治科)の恋愛模様とその行く末について。
大山君がなかなかやらかすので色んな意味でハラハラします。
雪のやどり
アメリカ滞在中の男たちによるアメリカ女性観の話。
アメリカ人の会話も江戸っ子調で書いてあるので、なんか混乱するw
林間
ワシントンD.C.にて。
アメリカ人兵士たちの会話から、黒人問題を考える「私」。
悪友
シアトルでの日本人街、裏路地に住む男とその妻について。
旧恨
博士Bが語る、ワーグナーのタンホイザー(オペラ)のような恋愛話。
寝覚め
沢木三郎という男と、沢木の会社に勤めていた朝に弱い若い女性の話。
夜の女
ニューヨーク。ミセス・スタントンが営む夜の商売。
一月一日
銀行頭取の社宅にて。「金田君」が何故日本料理と日本酒を嫌うのか。
ラストで男性陣が黙り、女性がため息をついたのが印象的。
暁
コニーアイランドにて。
日本の高等学校で2度落第した男が、アメリカへ留学したまでは良かったが……
市俄古(シカゴ)の二日
友人ジェームズとその恋人ステラ嬢の家を訪れた「私」は、日本とは違うアメリカ人の感情表現の仕方や、恋人たちの在り方について羨ましく思う。
夏の海
ニューヨークに住む従兄弟(いとこ)の案内で「私」はアシベリパークの海水浴場へと向かう。
途中自由の女神を眺めたり、海水浴場で気持ちよい時間が流れる。
夜半の酒場
ニューヨーク、イーストサイドの裏町の話。
おち葉
ニューヨーク、セントラルパークで落ち葉を眺めながらヴェルレーヌの詩やボードレールに思いを馳せる。
支那街の記
貧民窟を歩きながらボードレールを思い、この世の荒廃や悪を恋い慕う。
夜あるき
ニューヨーク。都会の夜、燈火を愛する「私」。
夜の燈火に照らし出される世界や人々に酔う。
六月の夜の夢
アメリカを離れフランスへ向かう船の中で。
恋した娘ロザリンとの思い出。
ロザリンには実際のモデルがいるそうです。
この『六月の夜の夢』はほかの作品と全く違っていて、作中にもありますがまるでシェークスピアの物語のように美しいお話です。
舎路(シアトル)港の一夜
余篇その1。シアトル、日本人街の蕎麦屋での話。
夜の霧
余篇その2。タコマの酒屋から出てきた日本人との邂逅。
ほしにゃー’s レビュー
荷風のアメリカ見聞記風小説、読みごたえがありました。
明治時代のアメリカの風景、日本人から見たアメリカ観、翻って西洋と対比した日本の姿など。
今でこそ海外旅行も珍しくなく、ネットでもヴァーチャル体験ができるようになりましたが、明治時代の洋行といえばほんの一握りの人のものでした。
閉じていた国で生まれ育った若者の目に、アメリカはさぞ新鮮に映ったことでしょう。
と同時に、”永井荷風”らしさも既に顔をのぞかせています。
東洋人でありながら西洋の物の見方も備え、美しくのびのびした感受性は聖性を感じさせているのに、地獄のような退廃を求める二極性。
後の『墨東奇譚』にも通じる、美しくも荒廃した荷風ワールドを体験してみませんか?