今度こそ本当に最後です。
シリーズの最終作品『シャーロック・ホームズの事件簿』をご紹介します。
柔らかく読みやすい角川文庫/駒月雅子訳(kindle)はこちら↓
伝統的でホームズたちの生きた時代に近い空気感を持つ、新潮社/延原謙訳(kindle)はこちら↓
熟練した翻訳力で自然な日本語が魅力的な、創元推理文庫/深町眞理子訳(kindle)はこちら↓
他にも新訳版がたくさん出ていますね……
『シャーロック・ホームズの事件簿』の基本情報
著者 | サー・アーサー・コナン・ドイル |
初出 | 1927(昭和2)年 |
ジャンル | 推理小説 |
シリーズ中 | 9冊目(短編集としては5冊目) |
前作 | シャーロック・ホームズ最後の挨拶 |
『シャーロック・ホームズの事件簿』のあらすじ(ネタバレなし)
タイトルは角川版/新潮社版(原題)となっています。角川版と新潮社版のタイトルが同じ場合は一つです。
なお角川版に収録されている作品を基準にしており、新潮社版では『隠居絵具師』『ショスコム荘』が『シャーロック・ホームズの叡智』の中に収録されています。
版元によって、収録作品や順番の違いがあります。
なお、『シャーロック・ホームズの事件簿』には著者コナン・ドイルの”まえがき”があります。
引退するべきタイミングを逃すテノール歌手のようになりたくない、と今度こそ本当にシャーロック・ホームズシリーズを終了する強い決意が記されています。
マザリンの宝石(The Adventure of the Mazarin Stone)
依頼人は首相・内務大臣。
ホームズは既にマザリンの宝石を誰が盗んだのか知っていますが、宝石をどこに隠したのか突き止めるためにある工夫をしています。
この工夫は『空き家の冒険』でも使っています。
作中でホームズが”ホフマンの舟歌”を弾くというシーンがあります。
”ホフマンの舟歌”は、よく運動会のBGMとして使用される『天国と地獄』で有名なオッフェンバックが作曲した歌劇『ホフマン物語』の中に出てくる舟歌です。
なお『マザリンの宝石』はワトスン視点ではなく3人称で書かれていることや、物語のあちこちに齟齬があるので物議を醸す作品でもあります。(シリーズ中、短編『最後の挨拶』と『マザリンの宝石』のみが3人称で書かれています)
ソア橋の事件(The Problem of Thor Bridge)
依頼人は、元アメリカの上院議員で金鉱王のニール・ギブソンです。
ギブスンの妻が殺され、家庭教師のグレイス・ダンバー嬢が有力な容疑者とされていました。
動機、動かぬ証拠と思われる物証がありました。
ギブスンはダンバー嬢の嫌疑を晴らして欲しいと依頼します。
ソア橋の事件はトリックが面白い。
『ソア橋の事件』で使われたトリックは、実際にあった事件を参考にしています。
同じ事件をモデルにしたと思われる作品にヴァン・ダインの『グリーン家殺人事件』があり、『ソア橋の事件』に影響を受けた作品に横溝正史『本陣殺人事件』があります。
また現代版シャーロック・ホームズを描いた『エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY』のシーズン2エピソード9『境界線』(On The Line)でもソア橋の事件のトリックを使った事件が起きます。
トリックの面白さとは別に、ホームズの騎士道精神というか女性観を窺い知ることができるシーンもあります。
這う男(The Adventure of the Creeping Man)
『這う男』は、ファンやシャーロッキアンの間でも問題作として捉えられています。
事件そのものがナンセンスというか奇妙というか、ホームズが受けるに値しないという評もありますが……
依頼人はプレスベリー教授のアシスタントで、プレスベリー教授の娘と婚約中のトレヴァー・ベネット。
名のある学者であるプレスベリー教授は、このところ奇妙な行動を取ったり、愛犬に突然吠えられるようになっていました。
詳細は割愛しますが、なかなかの『それが理由かーい!』ぶりですw
サセックスの吸血鬼(The Adventure of the Sussex Vampire)
依頼人は、ワトスンのラグビー仲間ロバート・ファーガソン。
南米出身の妻が自らの赤ん坊の血を吸っていた、また前妻の子を打ち据えたこともあるという。
ホームズとワトスンがファーガスンの館に着くと、買っているスパニエルの後ろ足がマヒしていました。
三人のガリデブ/三人ガリデブ(The Adventure of the Three Garridebs)
ほしにゃーイチオシ!
三人ガリデブはほしにゃーが好きな作品です。
普段(悪気はないとはいえ)ワトスンに無神経な言葉をかけたりするホームズの、底にあるワトスンへの誠実、友愛の強さを感じられます。
あとタイトルのガリデブは苗字です。決して二文字ずつ分けて考えてはいけません。
依頼人は博物学者のネイサン・ガリデブ。
アレクサンダー・ハミルトン・ガリデブという大富豪が、自分と同じガリデブ姓の人間を3人集めれば遺産を与えるという遺言を残して亡くなったのです。
大富豪の遺産の話はジョン・ガリデブという弁護士がネイサンのところに持ってきた話でした。
ホームズとワトスンがネイサンの家を訪問していると、ジョン・ガリデブが3人目のガリデブ(ハワード・ガリデブ)が見つかったという知らせを持ってきます。
ガリデブだらけで混乱するw
物語が進んでいくと『シャーロック・ホームズの冒険』に掲載されている一つの短編を思い出します。
高名な依頼人(The Adventure of the Illustrious Client)
タイトルバレしています……依頼人は高名な人物です。
作中では依頼人の名前は明らかにされていませんが、エドワード7世だというのが一般的な見方です。
エドワード7世は『緑柱石の宝冠』『バスカヴィル家の犬』などでも関係してきます。
物語はホームズとワトスンが仲良くトルコ風呂(ただのサウナ)にいるところから始まります。
あれっホームズは『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』の中の『フランシス・カーファクス姫の失踪』ではトルコ風呂嫌いだと言っていたのにw
それはさておき、将軍の娘ヴァイオレット・ド・メルヴィルが、悪名高い男グルーナー男爵と婚約しました。
将軍の友人であり、ヴァイオレット嬢を娘のように可愛がってきた”高名な依頼人”はヴァイオレット嬢の目を覚まさせたいのですが……
聖武天皇、正倉院についての記述があり、日本人としてはニヤリとしてしまう作品です。
三破風館(The Adventure of the Three Gables)
三破風館は”さんはふかん”と読みます。依頼人は夫と息子を亡くしたマリー・メイバリー夫人。
自宅を高値で買い取りたいという不動産業者の申し出に喜んだものの、弁護士によると家にある殆どの物を持ち出せない契約書でした。
その後三破風館に強盗が入り、メイバリー夫人が必死で掴んだものが事件解決の糸口になります。
白面の兵士(The Adventure of the Blanched Soldier)
珍しくホームズ視点のお話です。
前々からホームズはワトスンの事件の記録の仕方にいちゃもんをつけていますが、とうとう「そんなら君が書いてみろよ」と言われてしまったらしい。
実際自分で書き進めるうちに、ホームズは自分が間違っていたことを悟ります。
あるよね、他人がしてるのを見てるだけで文句たらたらのヤツがいざ自分でやってみたら「思ってたんと違った」ってこと……
Saying is one thing, and doing another.(言うは易し、行うは難し)
反省したホームズはジェームズ・M・ドッド氏から依頼された過去の事件を思い出していますが、さりげなくスゴイことを考えます。
当時ワトソンは私を置き去りに結婚していたが、知り合ってからあとにも先にも、これがただ一度の自分本位な行動であった。私は一人ぼっちだったのである。
コナン・ドイル著『白面の兵士』より
私を置き去りに結婚……自分本位な行動……!!?Σ(・□・;)
思わず3度見しますよね、これは。
ホームズ、まさかのツンデレ疑惑浮上。こりゃーブロマンスにもBL(?)にもとれますわ。
そういえばBBCシャーロックのシーズン1エピソード1で、シャーロックが「ジョンに告白された」と勘違いしたシーンがありましたね。
妄想がはかどっている場合じゃありません。
ドッド氏はボーア戦争の時親しくなったゴドフリー・エムズワーズの消息を尋ねに実家へ行ったのですが、ゴドフリーの父は『息子は世界一周旅行に行った』と言うばかりで情報は得られず。
エムズワース家に泊まったドッド氏は、夜窓の外にあるものを見つけて……
ライオンのたてがみ(The Adventure of the Lion’s Mane)
『白面の兵士』に続いて、この『ライオンのたてがみ』もホームズの一人称で書かれています。
この二つの短編はワトスンが関わっていない事件という共通点もあります。
ホームズは既に探偵業を引退してベーカー街221Bを去り、サセックスの海辺の家で生活していました。
ある朝、ホームズが親しくしているハロルド・スタックハースト氏と出会います。
ホームズがいるところ、事件は起きる……
そこへスタックハースト氏の友人マクファーソンが瀕死の状態で現れ「ライオンのたてがみ」という言葉を残して死んでしまうのでした。
この事件も『這う男』寄りでして、解決してみたら「まさかの!」とヨロヨロしちゃうこと請け合いですw
引退した絵具屋/隠居絵具師(The Adventure of the Retired Colourman)
依頼人は隠居絵具師ジョサイア・アンバリー。
事業でちょっとした財産を築き引退し、20歳年下の美人女性と結婚したアンバリー氏だったのですが、妻と友人が現金と有価証券を持って駆け落ち。
いつの世も世知辛いですのう……
別の事件に携わっているホームズの代わりに、ワトスンが調査に乗り出します。
変わり者のアンバリーが漏らす愚痴を、ペンキ臭い家で1時間以上聞いてあげるワトスンの優しさよ。
この事件を調査しているのはワトスンだけではなく、フリーメイソンのタイピンをつけた男も現れて……
ヴェールの下宿人/覆面の下宿人(The Adventure of the Veiled Lodger)
依頼人は下宿屋を営むメリロー夫人。
困った下宿人のことで大家がホームズに依頼してくる、という設定は『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』の『赤い輪』と同じですね。
メリロー夫人の下宿人とは、7年前に起きたアッバス・パルヴァの悲劇の当事者ロンダ―夫人でした。
ロンダー夫人の夫はサーカスの団長でしたが、不幸な事件が起きて死亡し、夫人も被害を受けたのです。
アッバス・パルヴァの悲劇は偶発的な事故として決着がついていましたが、不可解な点があり……
ショスコム荘(The Adventure of Shoscombe Old Place)
最後の事件です!
依頼人は馬の調教師ジョン・メイソン。
ショスコム荘の主の弟でありメイソンの雇い主サー・ロバート・ノーバートン(ロバート卿)の様子がおかしいことで相談に訪れます。
- 仲の良かった姉レディ・ビアトリスとここ1週間は不仲に
- 姉も馬に興味があったのに、急に見向きもしなくなった
- 姉の愛犬スパニエルを勝手に「緑竜亭」の主人に譲った
- 体の弱い姉の元へ見舞いに訪れなくなった
- 地下聖堂を掘り返していた
など。
個人的には『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』のラストにある『最後の挨拶』の方が、シリーズ最終作品ぽかった印象です。