シャーロック・ホームズシリーズ短編集4冊目『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』をご紹介します。
タイトルにもありますが、この短編集は最後ではなく次作『シャーロック・ホームズの事件簿』が最後の短編集になります。
思えば短編集『シャーロック・ホームズの回想(思い出)』でも『最後の事件』があり、今回の『最後の挨拶』があり……著者コナン・ドイルが何度もシャーロック・ホームズシリーズに終止符を打とうとしていたことが窺えますよね。
結果として”終わる終わる詐欺”みたいになってるというw
人気が出た作品の運命なのかもしれませんが、作者の意図と読者の需要が一致しない故に続いてしまう。
ありがとう当時の熱い読者たち。お陰でたくさんのシャーロック・ホームズシリーズが読めていることに感謝です。
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『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』の基本情報
著者 | サー・アーサー・コナン・ドイル |
初出 | 1917(大正6)年 |
ジャンル | 推理小説 |
シリーズ中 | 8冊目(短編集の中では4冊目) |
ページ数 | 251頁(角川kindle版) |
前作 | 恐怖の谷(長編) |
次作 | シャーロック・ホームズの事件簿(短編集) |
『ボール箱』は出版社によって『思い出(回想)』に入っているものと『最後の冒険』に入っているものがあります。当ブログでは角川文庫に沿っているので『思い出(回想)』に入れています。
『シャーロック・ホームズ最後の冒険』のあらすじ(ネタバレなし)
タイトルは角川文庫駒月雅子訳/新潮社延原謙訳(原題)となっています。駒月訳と延原訳が同じ場合は一つです。
ウィステリア荘(The Adventure of Wisteria Lodge)
『ウィステリア荘』というタイトルには変遷があります。
発表当時は前後編で、別々のタイトルがつけられていました。
ジョン・スコット・エクルズ氏の奇妙な体験(前編)
サン・ペドロの虎(後編)
後に前後編併せて『J. スコット・エクルズ氏の奇妙な体験』と名付けられ、最終的に『ウィステリア荘』になりました。
なかなか珍しい経緯ですよね。
依頼人はスコット・エクルズ氏で、ホームズの元へ不思議な電報を送ってきます。
途方もなくグロテスクな体験について、相談いたしたく存じます。
コナン・ドイル著『ウィステリア荘』より
エクルズ氏はスペイン出身の青年ガルシアによってウィステリア荘に招かれたのですが、そこで”途方もなくグロテスク”な体験をしたのでした。
手紙に書かれた不思議な文面が事件解明の糸口になりそうですが……
前後編に分けるだけあって、中編と言っていいほどのボリュームがあります。
ブルース・パーティントン設計書/ブルース・パティントン設計書(The Adventure of the Bruce-Partington Plans)
事件が起きたのは1895年、シャーロックの兄マイクロフトが依頼人です。
マイクロフトはシャーロックと同じく優れた知能と観察眼・推理力を持っている人物で、シャーロックに『時にイギリス政府そのもの』であると言わしめる傑物です。
そのマイクロフトが持ち込んだ事件は、イギリス政府の最高機密「ブルース・パーティントン型潜水艦」の設計書を巡る問題でした。
国家の機密に関わる事件としては『シャーロック・ホームズの思い出(回想)』にある『海軍条約文書事件』と設定が似ていますが、本作の方が複雑な造りになっています。
イギリス海軍は19~20世紀半ばまで、世界屈指の強さを誇っていました。
事件解決のご褒美として「さる高貴な女性」からエメラルドのタイピンを賜ったという結末がいかにもイギリス!という感じ。
1895年はヴィクトリア女王の治世でしたので、「さる高貴な女性」=ヴィクトリア女王です。
他に”高貴な方”からの依頼も数件あります。
『シャーロック・ホームズの冒険』の中の『エメラルド(緑柱石)の宝冠』や長編『バスカヴィル家の犬』ではヴィクトリア女王の後継者エドワード7世が関わっていますし、『ボヘミア王のスキャンダル』も依頼人が高貴な身分です。
悪魔の足(The Adventure of the Devil’s Foot)
ホームズは事件解決にのみ関心があり、表立って賞賛を受けるのは避けていました。
『悪魔の足』は珍しく、ホームズがワトスンに書いてみないかと勧めた事件です。
13年前、体調を崩したホームズは医師の勧めでコーンウォールにて転地療養中でした。
コーンウォールはイングランド南西端にあり、ホームズが興味を持つコーンウォール語はケルト言語です。
『バスカヴィル家の犬』の舞台となったダートムアはコーンウォールの東にあります。
ホームズ行くところ、事件あり。
コーンウォールで懇意にしていた牧師ラウンドヘイと、牧師館のお茶会で知り合ったモーティマー・トリジェニス氏が奇怪な話を持ってやってきます。
トレダニック・ウォーサにある家に住んでいた3人の兄妹(モーティマー・トリジェニスの兄妹)に、通常では考えられない厄災が降りかかっていました。
到底人が起こしたと思われない事件のため、悪魔が犯人だと恐れられたのですが……
ワトスンの勇気と厚い友愛を見ることができます。
赤い輪(The Adventure of the Red Circle)
下宿を切り盛りしているウォレン夫人が依頼人です。
ウォレン夫人が上手くホームズをその気にさせて事件を受けさせる手並みが秀逸ですw
- ウォレン夫人の下宿人が、もう何週間も引きこもって姿を見せない(家賃は高額で支払い済み)
- 呼び鈴を合図に食事を上げ下げ
- 活字体で書いた単語で必要なものを要求する(当時は筆記体で書くのが通常だったようです)
一風変わってはいるけれど、犯罪とは関りがないかに思われた矢先にウォレン夫人の夫が襲撃され……
事件の解決には、実在するアメリカの探偵社であるピンカートン探偵社のレバートンも加わります(レバートンは架空の人物です)。
ピンカートン探偵社は『恐怖の谷』にも出てきました。
レディ・フランシス・カーファクスの失踪/フランシス・カーファクス姫の失踪(The Disappearance of Lady Frances Carfax)
ホームズがトルコ風呂(サウナ)嫌いという情報から始まりますが、『シャーロック・ホームズの事件簿』にある『高名な依頼人』ではホームズもトルコ風呂好きと書いてあり矛盾が……
嫌い→好きとなったんじゃないかという推論があります。
風呂はさておき、レディ・フランシス・カーファクスが失踪した事件です。
別件でロンドンを離れられないホームズの代わりに、ワトスンがスイスのローザンヌにあるオテル・ナシオナルへと向かいます。
ちなみにこのオテル・ナシオナルは、現在では国際体操連盟の本部になっています。
『レディ・フランシス・カーファクスの失踪』は、ホームズが少しばかり手を焼いた事件です。
瀕死の探偵(The Adventure of the Dying Detective)
ホームズが住むベーカー街221Bの家主、ハドソン夫人がクローズアップされます(ワトスンは結婚2年目なのでベーカー街にはいない)。
家主的には、ホームズみたいな下宿人は迷惑だろうなあ(笑
ハドソン夫人に知らされ、ワトスンがベーカー街221Bへ向かうと、そこには瀕死の探偵が横たわっていました。
そして当然心配するワトスンにかけられる、ひどい言葉の数々。
今回のホームズの暴言はシリーズ中ワースト1位に輝きます……
本当にワトスンって忍耐強い紳士だよ……と感心しながら読み進めると、カルヴァートン・スミス氏なる人物を呼んで来いとのお達し。
事件は無事解決しますけれども、ほしにゃー的にはもっとワトスンを大事にしてと思った作品です(泣
それだけワトスンを信頼しているのだとも言えますが。
最後の挨拶(His Last Bow)
終わる終わる詐欺……もとい、ホームズシリーズの時系列としては最後の事件になります。
この『最後の挨拶』を書いた後、著者コナン・ドイルはもうホームズ物は書かないと宣言するのですが、次作『シャーロック・ホームズの事件簿』(短編集)が出ちゃうんだなこれが。
物語の中では、ホームズ最後の事件です。
”シャーロック・ホームズのエピローグ”というサブタイトルがつけられたこの作品、第一次世界大戦が勃発した1914年の事件です。
ワトスンが記録したという設定ではなく3人称で書かれていることや「これで最後!」というコナン・ドイルの気持ちがにじみ出ていて、他の作品と雰囲気が違います。
物語は戦争の匂いが色濃く、凄腕のドイツ人スパイが登場します。
ホームズは既に引退していてサウス・ダウンズの小さな農場で養蜂と読書三昧の日々だったのですが、依頼を受けて立ち上がるのでした。
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