終戦後、太宰治と人気を二分した坂口安吾の代表作『白痴(はくち)』をご紹介します。
白痴という言葉は、現代では差別用語になる場合がありますのでご注意ください。
新潮文庫の『白痴』↓には『私は海をだきしめていたい』『戦争と一人の女』などの7編が収められています。
坂口安吾著『白痴』はネット上で無料で読むこともできます。
ちなみに『白痴』というタイトルは、ドストエフスキーの長編小説↓と同じなのでお間違えなきよう。
当たり前ですが全く違う小説です。
『白痴』の基本情報
・1946年(昭和21年)6月初出の短編小説/33ページ(kindle版)。
・『堕落論』と共に坂口安吾の代表作であり、坂口安吾の人気を確立した作品。
・1999年(平成11年)、『堕落論』を原案として手塚眞監督・脚本/浅野忠信主演で映画化された。
『堕落論』が1946年4月発表なので、『堕落論』の2か月後になります。
映画『白痴』はR-15指定です。
映画『白痴』は坂口安吾の作品を原案にしていますが、時代設定がいつなのかわからないように脚色されておりSF要素もあります。
映画『白痴』の監督・脚本を手掛けた手塚眞(てづかまこと)は、漫画家として世界的に有名な手塚治虫(てづかおさむ)の長男。
手塚眞は独特の色彩感覚・映像美を特色としたアーティスティックな作品造りを得意としており、映画『白痴』はヴェネツィア国際映画祭で「FUTURE FILM FESTIVAL DIGITAL AWARD VENEZIA(プリモフィーチャーフィルムフェスティバル・デジタルアワード)」を受賞しています。
手塚眞は映画のイメージが強いですが、父である手塚治虫の『ブラック・ジャック』をテレビアニメドラマ化したり、アーティストのMVを作成したりと幅広い活動をしています。
俳優として、映画にも多数出演しています。
『白痴』のあらすじ
主人公は新聞記者→映画会社勤め
時代は第二次世界大戦末期。
主人公の伊沢(27歳)は、人間と犬と鶏と家鴨(あひる)が住んでいる場末の家を間借りしています。
ところどころ、現代の価値観からすると差別的な表現もありますが『白痴』は戦後すぐ発表された作品なので時代性ということで。
大学卒業後すぐ新聞社に勤め、後に映画会社へ転職。
しかし戦時下、自由な芸術表現などできるはずもなく、新聞社も映画も「賤業」(卑しい職業)であると嘆いています。
伊沢の情熱は死んでいた。
坂口安吾著『白痴』より
しかし徴兵逃れ(映画会社に勤めていると、兵役を免除されていたようです)のため、そして映画会社からの給料200円ほどがなければ路頭に迷ってしまいます。
生きるために働いていましたが、伊沢の情熱は死んでいました。
伊沢の鬱々とした気持ちは、戦時中の坂口安吾の本心を反映しているのかも知れませんね。
サヨという女性
そんな伊沢の隣人にサヨという既婚女性がいました。
サヨが伊沢の家に転がり込んできたことで、伊沢の生活と精神状態が変わっていきます。
サヨとは意思の疎通ができるようでできないのですが、サヨの存在は伊沢にとって大きなターニングポイントになります。
ほしにゃー’s レビュー
『堕落論』は戦後日本人の心の在り方を問うエッセイですが、この『白痴』は『堕落論』で語られた内容を小説として落とし込んでいる形です。
また、坂口は徴兵逃れのために戦後まで日本映画社の嘱託という身分を得ており、『白痴』の主人公伊沢の設定に反映されています。
伊沢と坂口安吾の実体験はリンクしています。
クライマックスの空襲シーンは『白痴』の中でも圧巻の臨場感があり読みごたえがあります。
これは坂口安吾が東京大空襲を経験している故の、生々しくリアルな表現です。
生死の境目が薄く、自分の命がいつどうなるのかわからない状況で、人というのはどういう心境になるのか。
絶体絶命の場面で、”正常”とは一体何を指すのか。
戦争体験のない現代日本人が、一度は目を通しておきたい作品だと思います。