伊坂幸太郎著『魔王』をご紹介します。
日本の政治に不満がある方、政治とどう向き合っていけばいいのか考えている方、そしていつも通りファンタジー風味伊坂作品がお好きな方におすすめの一冊です。
SNSで#名刺代わりの10冊 によく入っている作品です。
『魔王』の基本情報
・2005年講談社より初版発行/384ページ(媒体によって変動します)
・安藤(兄)が主人公の『魔王』と、安藤潤也(弟)が主人公の『呼吸』の二つのパートで構成されている
・『魔王』だけでも一応の完結といえるが、『魔王』から50年後の世界を描いた『モダンタイムス』(2008年発行)が続編となる
『魔王』には伊坂幸太郎著『死神の精度』の主人公である千葉がさりげなく登場します。
『死神の精度』を未読でも大丈夫ですが、どちらを先に読むか迷っている方は是非『死神の精度』からどうぞ。
また『魔王』は『マチネとソワレ』『VANILLA FICTION』などの作家、大須賀めぐみ先生によってマンガ化されています。
『魔王 JUVENILE REMIX』は少年サンデーコミックスより全10巻発行。
『魔王』の概要
『魔王』のあらすじ
”それなりに有名な企業”に勤務している会社員の安藤(27歳くらい)は、17年前に交通事故で両親を失い、弟と二人暮らし。
『考察魔』と呼ばれるほどの理屈屋で、ことあるごとに「考えろ、考えろ」というのが口癖。
「考えろ、考えろ」はアメリカのドラマ『冒険野郎マクガイバー』の影響です。
ある日安藤は、自分が特殊な能力を持っていることに気づきます。
それとは別に、まだ野党とはいえ不気味な存在感を持つ「未来党」の党首、犬養(いぬかい)の台頭を危惧する安藤。
何でもアメリカの言いなり、やりたい放題の中国にもはっきりものが言えない既存の政治家とは違い、犬養は強く潔い言葉と態度で日本国民を魅了していきます。
現実の日本でも、ありそうな状況ですよね。
安藤は犬養が持つ恐ろしいほどのカリスマ性を、イタリアの政治家であったムッソリーニと重ねて考えます。
折しも日本で沸き起こった強い反米感情も併せ、日本がファシズムに染まってしまうのではないかと案じた安藤はある行動に出て……
『魔王』とは?
タイトルになっていて作中でも説明がありますが、『魔王』はオーストリアの作曲家シューベルトが作曲した歌曲です。
なんとシューベルトが18歳の時に作った曲で、ゲーテが書いた『魔王』という詩に触発され、4時間ほどで完成したというスゴワザ。
中学校の音楽の時間に聴いた方も多いのでは?
短調、畳みかけるように響くピアノのリズムは不気味で、襲ってくる魔王の恐ろしさと魔王から逃げようとする父親&子供の恐怖心が伝わってきます。
小説『魔王』を読む前・読んだ後どちらでも、一度聴いておくと作品の世界観により浸れるのではないでしょうか。
ムッソリーニ/ファシズムとは
ベニート・アミルカレ・アンドレーア・ムッソリーニはイタリアの政治家。
最初はイタリア社会党で活躍しましたが、第一次世界大戦が始まると反戦派から参戦派へと考えを変え除名処分となります。
第一次世界大戦でイタリアは戦勝国となりますが国内情勢は不安定で不況となり、社会主義が台頭していました。
ムッソリーニは「イタリア戦闘者ファッシ」設立→「国家ファシスト党」へと展開してイタリア政界を駆け上がり、ローマ進軍と呼ばれるクーデターに成功して次第にファシズムによる独裁政治を推し進めます。
ムッソリーニはドイツ政権を握るアドルフ・ヒトラーの反ユダヤ主義などに批判的でしたが、各国とのパワーバランスの観点からドイツと連帯を取り始めます。
数々の戦争を経て第二次世界大戦で敗戦国となり、ムッソリーニは独裁権を返上。正式な裁判にかけられず、愛人であったクラーラ・ペタッチ(クラレッタ)と共に処刑され生涯を終えるのです。
強いて言えば、ファシズムとは、「統一していること」という意味、それだろう。……(中略)知らぬ間に、大勢の人間が束ねられていくことはあるはずだ。
伊坂幸太郎著『魔王』より
犬養毅(いぬかいつよし)について
五.一五事件(1932年)で襲われた時に「話そう、話せばわかる」と言ったという逸話で有名な、犬養毅も『魔王』の中で言及されています。
安藤(兄)が日本をファシズムへ導くのではないかと恐れた「未来党」の党首の名前が犬養(いぬかい)だというのも意味深ですよね。
犬養毅は号(雅号のこと。ペンネームのようなもの)が木堂または子遠なので、↑のように犬養毅ではなく「犬養木堂」と表記されることがあります。
犬養毅は明治維新以降に日本に生まれた立憲政治、政党政治の守護者たろうとした人物で、第29,45,50代の内閣総理大臣です。
犬養毅が生きた時代は世界戦争へと突っ走っていく真っ只中であり、軍縮を進めようとする犬養を邪魔に思った一部の軍人たちに暗殺されてしまします(五.一五事件)。
本当に「話そう、話せばわかる」と言ったかどうかは諸説あるのですが、自分に銃を向ける軍人たちを前にしても慌てることなく話を聞こうとした姿勢、撃たれてなお気丈であった態度は真実のようです。
宮沢賢治(みやざわけんじ)について
『魔王』の作中で「未来党」の党首、犬養が好きな作家として宮沢賢治の名前が挙げられます。
具体的に出てくる作品名は以下の通り。
『注文の多い料理店』
『生徒諸君に寄せる』(詩ノートより)
『眼にて云ふ』(「疾中」より)
宮沢賢治は1896年(明治29年)生まれの詩人・童話作家・教師。現在の岩手県花巻市出身。
法華経を信仰する傍ら、農民の生活を向上しようと「羅須地人協会」を設立したり『春と修羅』(詩集)や『注文の多い料理店』(童話集)を出版するが、生前は世間的にあまり評価を受けませんでした。
ほしにゃー’s レビュー
政治に対する姿勢
『魔王』は現代日本人が抱える政治への不満・諦観・無関心を赤裸々に描いています。
日本の政治はこのままじゃいけないんだけど、じゃあどうすればいいのかわからない。個人ができることなんてたかが知れているじゃないか……と。
安藤(兄)も平凡な一般市民なのですが、イタリアを敗戦国にした独裁者ムッソリーニのような政治家が日本に表れたことで「考えろ考えろマクガイバー」と悩み続けます。
『魔王』で伊坂幸太郎が言いたかったことの一つは「集団に流されるな、がむしゃらでもいいから自分の頭で考えろ、ぶつかっていけ」だと思うのですが、これが言うは易く行うは難しなんですよね……
伊坂幸太郎の兄弟もの
難しい話はさておき(おくんかい)、伊坂幸太郎の「兄弟もの」と分類しても良い『魔王』。
『重力ピエロ』を読んだ時も感じたのですが、兄弟仲が良くて素敵なんですよね。
伊坂幸太郎先生は弟さんがいらっしゃるそうです。
『重力ピエロ』も『魔王』も、弟の方が柔軟でしたたかな性格として設定されています。
これって「兄」である伊坂幸太郎先生と「弟」さんの関係性が影響している気がします。
仲良きことは麗しきかな……