坂口安吾の『桜の森の満開の下』をご紹介します。
読了後浮かんだのが↓の句だったのでタイトルにしています。
世の中は夢かうつつかうつつとも夢とも知らずありてなければ
古今和歌集より 詠人知らず
『桜の森の満開の下』には残酷なシーンがありますので、苦手な方はご注意くださいね。
『桜の森の満開の下』は青空文庫さんでも読むことができます。
『桜の森の満開の下』の基本情報
・坂口安吾の作品の中でも傑作と言われる作品の一つ。
・1947年(昭和22年)初出。
・1975年、篠田正浩監督によって映画化されている。主演は若山富三郎と岩下志麻。
・戯曲やテレビドラマ、漫画など多くの媒体で展開されている。
東京芸術劇場芸術監督である野田秀樹が監督を務め、歌舞伎界の錚々たるメンバーによって演じられたシネマ歌舞伎もDVD化されているので、興味のある方はどうぞ。
近藤ようこさんによるコミック化作品もおすすめです。
テーマが似ている『夜長姫と耳男』は『桜の森の満開の下』の5年後に発表されています。
『桜の森の満開の下』のあらすじ
桜の花の下の恐ろしさ
『桜の森の満開の下』は全体としておとぎ話のような語り口ですが、物語の冒頭だけは別になっています。
坂口安吾本人の意見として「桜の花の下」というものの恐ろしさを語ります。
桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になります
坂口安吾『桜の森の満開の下』より
鈴鹿峠が舞台
舞台は三重県と滋賀県の境にある鈴鹿峠です。
鈴鹿峠は非常な難所であり、古来盗賊が横行する場所であったと同時に鬼や天女が住まいとしているなどの伝説が生まれました。
『桜の森の満開の下』では鈴鹿峠に桜の森があり、桜の花が咲いた木の下を通ると気が変になるという設定です。
盗賊男と美しいサイコパス妻
『桜の森の満開の下』の主人公は盗賊で、追剥をするだけでなく人殺しも平気で行います。
いきなり血なまぐさい(汗)
その上、さらってきた女性を妻にしている(7人いて、8人目が加わるところ)という、女性の人権ガン無視のとんでもない男……とムカついている場合ではないのです。
妻(8人目)はとても美しい容姿ですが、盗賊男の斜め上を行くわがままサイコパス女。
ヒロインが『夜長姫と耳男』に似てますよね。
「自分以外の妻を全員殺せ」など恐ろしい本性を見せたのに、むしろ喜んで言うことを聞いちゃう盗賊男(こりゃどっちもどっちか)。
7人いた妻のうち、最も醜い人だけ生かしてお手伝いさんにしちゃうってのも実に生々しいですね……
サイコパス妻、都行きをねだる
とにかく文句が多いサイコパス妻。
飯がマズイだの部屋を綺麗にしろだの、自分は何もせず美しい着物や櫛などで着飾るだけ。
だがしかし!盗賊男は怒るどころかうっとりしちゃうんです。これが噂に聞く恋は盲目というヤツか。
こんなド田舎に住んでられるか!と妻は都行きをねだります。
盗賊は山ラブなので本当は行きたくないのですが、愛する妻に良い所を見せたい一心で都行きを決めます。
都にて
都でも、予想通り悪事と血にまみれた尋常じゃない生活を送る夫婦with生き残り妻。
最初は上手く行っていたのですが、盗賊の心にはある変化が生まれ夫婦の関係も変わっていきます。
ほしにゃー’s レビュー
主人公である盗賊の心の変化を追う物語です。
初めは自分が生きるため、快を得るためであればなんのためらいもなく人の命さえ奪うただの「人でなし」でした。
悪人でないとは決して言えませんが、感情が耕されていないというか本能だけ・動物的な印象。
その盗賊が8人目の妻と出会ってから、今まで知らなかった知識や感情に触れて変わっていきます。
盗賊の心の変化は「都」に住むことで更に大きくなっていき、己を見つめ直します。
そして忘れてはいけないのが、盗賊の心の成長に伴って「桜の花の下」の意味合いも変わっていくところです。
要所要所に出てくる桜の使い方が見事です。
特に推したいのはラストシーン。
未読の方のために詳しくは書きませんが、とにかく美しくて理不尽で狂っていてこの世のものなのかそうでないのか、まるでお能を見ているような気持になりました。まさに
「世の中は夢かうつつかうつつとも夢とも知らずありてなければ 」
でした。
絶対『夜長姫と耳男』の方が先だと思ってたのに、違ったわ……