角田光代著『笹の船で海をわたる』をご紹介します。
『笹の船で海をわたる』の基本情報
著者 | 角田光代(かくたみつよ) |
初出 | 2014年(毎日新聞社) |
ジャンル | 文学 |
ページ数 | 382頁(kindle) |
角田光代とは
- 1967年生まれの日本の小説家・エッセイスト
- 早稲田大学第一文学部卒
- 代表作『対岸の彼女』『八月の蝉』など多数
- 作品はテレビドラマ化・映画化されることが多い
『笹の船で海をわたる』の概要
主要人物
主人公:坂井左織(さかいさおり)
左織の友人:矢島風美子(やじまふみこ)
左織の夫:春日温彦(かすがはるひこ)
温彦の弟:春日潤司(かすがじゅんじ)
左織と温彦の子供:百々子(ももこ)・柊平(しゅうへい)
あらすじ
主人公の坂井左織は平凡・保守的・ネガティブ思考な女性。
左織の友人、矢島風美子は才能が有り革新的、ポジティブ思考と正反対の二人です。
左織と風美子はちょっと変わった友人関係なんですよね。
左織と風美子は戦時中、同じ疎開先で暮らしたことがあり戦後再会したという経緯があります。
ただ左織的には風美子のことなどサッパリ思い出せない、のみならず疎開中の記憶がひどく曖昧です。
風美子は人気料理研究家としてメディアへの露出も多く、華々しい活躍をするのですが左織は温彦の家に嫁いで主婦として生きていきます。
正反対の二人は風美子が温彦の弟、 潤司と結婚したことで義理の姉妹となり……
温彦と潤司も実は正反対の性格です。
『笹の船で海をわたる』は左織の10代~60代、時代でいうと昭和初期~平成までのおよそ半世紀の物語です。
『笹の船で海をわたる』の見どころ
昭和~平成までの日本を体感できる
『笹の船で海をわたる』は左織が疎開していた戦時中から平成までの話であり、左織の目から見た日本の風俗や世相が描かれています。
当然、古い世代の保守的な女性というフィルターを通していますので、若い世代には違和感や反発を覚える部分もあります。
自分のおばあちゃん世代、もしくはもっと上の世代になりますものね。
ですが自分が体験したことのない時代、たとえば戦後復興・高度経済成長期、バブル時代の空気感なんかも疑似体験できるというメリットもあるのです。
不思議な友人関係にある女性二人の変遷を楽しめる
そして左織は、やっぱりうっすらと風美子をおそろしいように思っていた。
角田光代著『笹の船で海をわたる』より
正反対の性格をした左織と風美子。
左織は過去の思い出も絡んで、風美子に対しての気持ちが複雑です。
この複雑さがポイント!
「風美子への気持ち」は『笹の船で海をわたる』全体に緩急をつけるスパイスであり、読者を最後まで飽きさせない大切な仕掛けとなっています。
タイトル回収も含め、ラスト部分での「そういうことだったのか!」というカタルシス、作者の優れた力量を感じます。
何者でもない自分、という人生
通常の物語であれば、多彩で波乱万丈な人生を送る風美子を主人公にするのではないでしょうか。
しかし、平々凡々な左織をあえて主人公としたことで「人生において何者にもなれない、なれなかった」と思っているマジョリティ層の共感を獲得しているように思います。
特別頭がいいわけでも、何かの才覚があるわけでもない。
自分の人生これでいいのかな、と漠然とした焦りやどうしようもない無力感を持って生きている人。
そういった世間の大多数に寄り添い、華々しくはないけれど癒しを与えるラストへ導いてくれるのが『笹の船で海をわたる』なのです。